| 「アジアアレルギーは完治するか」 食事中に尾ろうな話題をすると嫌われるが、わたしはあまり気にならない。よく冗談で話すのだ が、汲み取り式のトイレの中でカレーライスを食べることもできるくらいだ。 ところが、アジアには特別な感情がある。食事中、タイのツメの踊りがはじまろうものなら嘔吐をもよおしてしまう。中国、アジアのニュースを見ながらの食事はできないのだ。殺人事件ドラマや残酷シーンを見ながらの食事はなんともないが、アジアは勘弁して欲しい。ヨーロッパ、アメリカはいいが、バルカンあたりでアジアが連想されるともうだめ。こんなときはインデアンでもアラブでもだめ。アジアアレルギーという言葉が、病名があるかどうか知らないが、わたしはこの重症患者だろう。 昭和48年に佐賀市民となってからは、少しは慣れてきた。いや、慣れる努力をしてきたといったほうがいいかもしれない。東京では入ったことのない韓国風焼肉店にも足を運び、目をつぶって飲み込む。それでも、あの韓国ドラマにはまいった。口パクパクの韓国俳優に日本語声優のアテレコ。それがあのNHKで放映。受け入れるのには努力がいった。 最近、JRの看板も日英だけでなく中韓表示も目立つ。そのつど目をふせるわけにもいかず、なんとかこの持病を完治させたいと思っている。 大野氏が単身渡緬し、11月にはご家族も迎えて、彼の地で生活されることを知り、わたしにはできないと敬服した次第だ。 メールでの報告を拝見し、サイト立ち上げの提案を差し上げたのも、持病治療の目論見があったからだ。幸い、サイトアップの件は快諾された。彼にかかわって行けば・・・との淡い期待がある。 そんなわけで、いまだにパスポートを持たない減点パパだが、初の海外行きが大野氏をたずねるアジアの旅になることをめざして、サイト管理をさせていただきます。 末永く、よろしくお願いいたします。 2004年・8月30日 サイト管理人中村一穂 |